MicroSoft X(MSX)
1983年に Microsoft とアスキー社が提案したパソコンの規格,またはそれに基づくパソコンの総称。
ハード・ソフトの両方に統一規格を設けるというコンセプトは,各メーカーが独自のハードウェアとシステムを揃えるという当時のトレンドに一石を投じた。
ただし,低解像度のうえ同時発色数が少ないなど,ホビー用という観点では任天堂ファミリーコンピュータなどゲーム専用機に見劣りしていたため伸び悩む。
発表の数ヶ月前から月刊アスキー誌に情報が掲載された。
その当時の日本にはパソコンの標準規格がないため,会社・シリーズが違うと互換性がまったく無かった。
それに対する批判を受けて生まれ,NEC と日本 IBM,シャープ以外の総てのパソコンメーカーが関与し,多くの機種が発売された。
首位を走っていた NEC に対抗するためとも言われる。
基本設計は公開され,当時の確立した技術を採用したため,発表当初からやや時代遅れの感があった。
1995年にはすべてのメーカーがハードウェアの生産から撤退していた。
1983年6月,Microsoft とアスキー社が各社に提案,同7月15日発表
1983年10月,正式発表(?)
1985年5月,主にグラフィック機能を強化した MSX2 を発表
1988年9月,画像処理機能・日本語機能を強化した MSX2+ を発表
1988年8月,MSX2 用の C 言語開発 tool MSX-C を発表
1990年9月,MSX turbo R,MSX view(GUI),16bits 規格などを発表
MSX パソコン
8ビットパソコン時代の MSX 規格に基づくパソコン。
CPU は Z80 4MHz。
ただ,メーカーの独自性を許しため,特徴である互換性が完全に保たれたとは決して言えない。
パソコンとゲーム機との区別がはっきりしないため,NEC の PC 88/98 シリーズとファミコン(1983年登場)の挟撃で衰退。
賛同していたメーカーも次第に撤退し,パナソニックが1991年11月1月に発売した FS-A1GT が最後となった。
それでも,最終的には全世界で400万台以上も販売され,今でも,熱心な愛好者によって,新しいソフトやハードウェアーが作られている。
この規格の版権は依然としてアスキー社が保持している。
MSX 包囲網
98,88シリーズで好調な NEC に対抗するべく,その他のパソコンメーカーが結成した MSX 陣営の呼び名。
パナソニック,ソニー,SANYO,CASIO,キャノン,東芝,YAMAHA,,日立が参入。
数では包囲出来そうだったが,頭ひとつ抜きん出た NEC のシェアにはかなわなかった。
そのため MSX は,松下(M)ソニー(S)&その他(X)の略語とも言われた。
TALKIE
MSX turbo R の動画ファイル形式。
拡張子は『.TKI』
1チップMSX
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