John Backus パッカス

 1924年12月3日アメリカ生まれ,コロンビア大卒。 1950年,IBM に入社,プログラミングの実務と研究にたずさわった。 1954年ころプログラミング言語の FORTRAN を設計・開発し,1957年に完成。 また,プログラミング言語の構文規則を記述する「バッカス記法」といわれる文法記述法の考案でも著名である。 1977年度のチューリング賞受賞。



Kevin Backus ケビン・バッカス

 Xbox のサードパーティー担当責任者を務め,2001年退社。 2002年5月,キャピタル・エンタテインメント・グループに参加。



Steve Ballmer スティーブ・バルマー 1957〜

 ハーバード大卒。在学中からのビル・ゲイツの親友。 1980年,生活用品大手プロクター・アンド・ギャンブルから, マイクロソフト社に入社。以後ビル・ゲイツの右腕として,前職の経験を生かし,主に営業で実績を積む。 営業担当副社長を経て,1998年社長に昇格。 2000年1月13日,マイクロソフト社の新 CEO の就任。 マイクロソフト社の株の約5%を保有し,2000年の時点でアメリカ4番目の金持ちと言われている。



Pete Bannon

 DEC で Alpha プロセッサを設計した主要なメンバーの1人。 2003年現在,Intel で Itanium の開発を進めている。



Paul Baran ポール・バラン

 インターネットのシステムを提案。 電信システムからヒントを得,さらに情報をパケット(小包)化する事で,いくつかの中継所が遮断されても情報を迂回させ目的地まで伝達されるシステムの研究報告書「分散型通信について」を1962年に発表。 ただし,軍事機密の扱いを受け,長らく公開されることはなかった。



Frank Batten Jr. フランク・バッテン Jr.

 RedHat の元取締役であり,個人筆頭株主。 ランドマーク・コミュニケーションズの会長で,ウェザー・チャネルとその Web サイトのオーナーでもある。 RedHat が最大の Linux ディストリビューターであるにもかかわらず,データベースの分野に参入しないことに不満を持って,取締役を辞任してグレート・ブリッジを設立した。



Thomas Bayes トーマス・ベイズ 1702〜1761

 18世紀のイギリス聖職者で数学者,ロンドンで生まれ,長老派教会の牧師となる。 最も重要な論文 Essay Toward Solving a Problem in Doctrine of Chances(確率論の問題を解く)は死後3年たった1764年に出版。 『全ての事柄は必然的に不確実で,その確率の分布は様々である』と述べ,過去に起きた事象の発生頻度から未来の出来事の発生頻度を予測するという確率論のひとつの考え方(ベイズ理論)を提唱。


Bayesian methods ベイズ理論
 数学者トーマス・ベイズが提唱した確率論で,過去の出来事の発生頻度を分析すれば未来の出来事を予想できるというもの。 現実の世界から集められたデータから推測し,データの数が多いほど確実性が高くなる。 この予測には過去の出来事の発生順には影響されない。 また,自己修正型で,データーの変化に応じて結果が変わる。 この理論は Google にも採用されている。

  • ベイジアン・フィルター



    Andreas Bechtolsheim アンドレアス・ベクトルスハイム
    通称 Andy Bechtolsheim(アンディ・ベクトルスハイム)

     Sun Microsystems の共同創業者で,同社で上級副社長兼チーフアーキテクト。 スタンフォード大学の大学院在学中に,大学のメーンフレームは使える時間が少なく,また,パソコンでは力不足だったため,手作りでその中間のワークステーションを製作。 1982年にマクニーリ氏らとサンを設立。
     1995年にサンを退社した後,ベンチャー企業を設立したが,シスコ・システムズに買収されため,1996年から2003年まで Cisco でギガビットシステム事業部門の副社長兼ジェネラルマネジャーを務めた。 2003年12月,シスコを退社し,再びベンチャー企業,Kealia(ケアリア)社を設立。 2004年2月,サンが Kealia 社を買収し,社員番号1番として復帰。 肩書きはボリューム・システムズ・プロダクツ部門のチーフ・アーキテクト兼シニア・バイスプレジデント。
     2008年10月23日,Arista Networks の会長兼最高開発責任者に就任と発表された。



    Richard E. Belluzo リチャード・ベルーゾ(リック・ベルーゾ)

     Hewlett-Packard,SGI を経て,Microsoft コンシューマグループで MSN や XBox などを担当。 Xbox,MSN メッセンジャーなどの消費者向け事業,アルティメート TV 率い,.NET 計画の初期段階でも重要な役割を果たした。 2001年に Microsoft の社長兼 COO に就任。 2002年4月3日,退任が発表され,5月退任。 2002年8月6日,Quantum の CEO に就任。



    Craig Berry クレイグ・ベリー

     Perl を応用したプログラムの開発者。現在ロサンゼルス在住。



    Pierre Bezier

     ベジエ曲線の考案者。 代々エンジニアを務める家系に生まれ,1933年には自身もフランスの大手自動車メーカー『ルノー』に就職,エンジニアとしての道を歩み始めた。 同社のシステム UNISURF を使い CAD/CAM の研究を開始し,車体デザインのための 3D モデリングなどを追求した。 ベジエ曲線は現在,多くのグラフィック・ソフトに搭載され,ペン・ツールを利用した自由な線の描画などで利用されている。 また Adobe Systems が PostScript Type1 に,3次ベジエ曲線を採用したことでもよく知られている。



    Ken Biba ケン・ビバ

     ARPA の TCP ワーキング・グループの初期メンバー,現在はビバート社(http://www.wivato.com)CEO。



    Seamus Blackley シェイマス・ブラックレー

     ドリームワークス SKG のゲーム開発部門のベテランだった。 1999年,Direct X の開発のために Microsoft に入社。 その後 Xbox の共同発案者として,Xbox 担当 CTO となり,Xbox 関連の多くのイベントで「顔」を務めた。 2002年4月,退社。 同5月,キャピタル・エンタテインメント・グループに参加。 スケートボードの名手で,クリエイティブな服装が好きらしい。



    George Boole 1815〜1864

     イギリスの数学者。 独学で数学研究者となり偏微分方程式や数理論理学,不変式などの分野で業績を残した。 推論の法則は心的操作だ,との立場に立って築いた論理代数学は今日ブールの代数で知られ, コンピューター数学の基礎として重要な役割を果たしている。



    Tim Bray

     検索エンジンのパイオニア。 XML 仕様の共作者でもあり,現在は Antarctica Systems の CTO。 彼の一連のエッセイ,On Search, the Series は,検索エンジン技術の教科書とも言える。
    http://www.tbray.org/ongoing/When/200x/2003/07/30/OnSearchTOC



    Percy William Bridgeman 1882〜1961 ブリッジマン法

     アメリカの物理学者。本人の名前を冠して呼ばれる超高圧発生装置を開発したことで有名。 これを使って超高圧下での物質の性質を幅広く研究した。 この業績で1946年,ノーベル物理学賞受賞。 結晶の成長方法としてのブリッジマン法は,ドイツの物理学者 G.Tamman と独立に開発した。



    Sergey Brin

     モスクワ出身。 メリーランド大学カレッジ・パーク校で,数学およびコンピュータ・サイエンス専攻で理工学士号を取得。現在スタンフォード大学コンピュータ・サイエンスの博士課程を休学中,同校の Terry Winograd 教授の下,コンピュータ・サイエンスの博士号候補。 28才(?)で,National Science Foundation Graduate Fellowship(米国科学財団修士フェローシップ)の受賞者。 1998年,Pageと共に Google 社を創設,現在技術部門担当社長。
     研究分野は,サーチ エンジン,構造化されていないソースからの情報抽出,およびデータ マイニングなど。 代表的な論文は Extracting Patterns and Relations from the World Wide Web。 プライベートでは,トラピーズやスキューバ ダイビングのクラスに通ったり,Google 社員と駐車場でホッケー ゲームに熱中。



    Rodney Brooks ロドニー・ブルックス

     MIT 人工知能研究所の責任者で,アイロボット社の CEO 兼 CTO。 ロボットは,周囲の状況に適応できる単純な制御メカニズムを備えた,昆虫に似たものであるべきだという哲学を持っている。



    Kevin Browne ケビン・ブラウン

     マイクロソフトの Mac 事業部門に1996年に入り,1999年からそれを率いてきた。 2002年7月からの休暇後は Xbox 部門に異動するらしい。



    Vannevar Bush ヴァネヴァー・ブッシュ(1890〜1974)

     1890年3月11日出生。 1913年,タフツ・カレッジを卒業。 1917年,ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学から工学博士号を授与される。 第一次世界大戦中,米国学術研究会議で働き,潜水艦を発見するための技術を開発。 1919年,MIT の電気工学科に移籍。 1923〜32年,MIT 教授を務め,18変数の微分方程式を解くことが出来るアナログコンピュータである微分解析機を開発。 そのときの教え子に,デジタル回路を生み出したクロード・シャノンがいる。 1932〜38年,MIT 副学長と工学部学部長を務めた。 1939年,ワシントン・カーネギー研究機構の総長職,アメリカ航空諮問委員会の議長。 1940年,アメリカ国防研究委員会(NDRC)の議長となる。 1943年,アメリカ電気学会からエジソンメダルを授与される。 1950年,戦時中に培われた軍産学の協力関係を維持するために米国科学財団(NSF)を設立。 1974年6月30日永眠。


    Memex
     1930年代にヴァネヴァー・ブッシュが発表した概念。 情報保管庫システムで,関連性のある研究を効率的に検索できる手段を科学者に提供することを目指している。 そこでは,これはマイクロフィルムを使った機器を想定し,彼の本やレコードも全て内蔵し,通信機能を有し,高速性と柔軟性を備えた機械を想定している。


    As We May Think
     1945年7月に Atlantic Monthly 誌に発表されたヴァネバー・ブッシュの名論文。 『Memex』開発の必要性を明確に述べ,『全く新しい形の百科事典が出てくるだろう。項目同士が網の目のように関連付けられていて、memex に入れることによってさらに威力を発揮するだろう』と述べている。 同年9月10日,Life 誌はこの要約版を memex の予想図とともに掲載。 これが後にテッド・ネルソンやダグラス・エンゲルバートに読まれ,ハイパーテキストと呼ばれるアイデアを生み出させるきっかけとなった。 元の論文は『思考のおもむくままに』(『ワークステーション原典』浜田俊夫訳,アスキー出版局,1990年所収,絶版),『われわれが思考するかのごとく』(『思想としてのパソコン』西垣通編著訳,NTT出版,1997年所収)など,歴史的論文として繰り返し訳されている。



    Nolan Bushnell ノーラン・ブッシュネル

     1943年,ユタ州出身,10歳で HAM の免許を取る。 1961年,ユタ大学入学。 その後,世界初のアーケードゲーム『スペース・ウォー』を開発。 1970年,アタリ社を創立。



    Orkut Buyukkokten オーカット・ブユコッテン

     トルコ国籍。 2001年にスタンフォード大学博士課程を修了した後,同じくスタンフォード大学を卒業した友人,タイラー・ジーマン氏と Club Nexus というソーシャル・ネットワーキング・サービスを開発し,学部生向けのサービスとして同大学に販売。 Club Nexus の成功を受けて,ブユコッテン氏とジーマン氏はアフィニティー・エンジンズ社を設立し,スタンフォード大の同窓会向けにインサークルを開発。



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